通知票は火付け役

明日は1学期の終業式。7歳にして入学してから、学校という名の付くところから一度も離れていない自分にとって(改めて年数を数えたら47年間。恐ろしく長いではないか)、貰った回数よりも渡した回数の方が上回ってくると、通知票を渡す立場は、生みの苦しみである。どの子も良い面もあり悪い面もある。しかし結果だけを書いても何の意味も持たない。要は貰った子が先生の言葉によって、元気を出したり、次こそ頑張るぞという、「やる気の火付け役」にならなくてはならないのだ。自分も親であるから自分の子供の通知票を貰うときに何を一番気にしてみていたかというと、「良きにつけ悪しきにつけ家の子をしっかり見ていてくれているか?」という観点だった。具体的な事例で語られている文章には納得がいくが、どの子にも当てはまるような文章に出くわすと青木さやか風に「どこ見てるのよ」となる。こんな自分自身の経験を生かしながら自戒しつつ今年も所見欄を書いたが、持ち帰った家で親子の会話が弾むといいなーと思う。そう思うとまさに教師は生徒のコーチにならなくてはいけませんね。e0022903_2340624.jpg人気blogランキング
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by healgreen | 2005-07-19 21:27